「抜群の安定感と安心感」田原斉さん


 

穏やかな口調と優しいまなざし。「あぁ,この人が作ったぶどうなら,きっと美味しいだろうな。」自然とそう思わせる雰囲気を田原さんは持っている。野菜も果物も正直だ。日々の手間ひま,天候との向き合い方,消費者に対する誠実さ。それらの結合体が収穫物だとしたら,作り手の安定感と収穫物の安定には強い相関関係がありそうだ。

抜群の安定感と安心感 田原斉さん

田原さんがぶどうの栽培を始めたのは今から20年ほど前,35歳の頃だ。農業者としては決して早いスタートではない。岡山市内で観光関連の仕事に携わった後,ちょうどご長男が生まれるタイミングで,生まれ育った津高に戻ってきた。「いつかは戻ろうと決めていた。ただ,少し早かったけどね。」と笑う。夫婦二人三脚で,幼い子どもたちの世話をしながら,ぶどう栽培に取り組んできた。

 

津高は,伝統的にマスカット・オブ・アレキサンドリア(以下,アレキ)の栽培が盛んな地域だった。岡山をぶどうの一大産地として有名にしたアレキだが,アレキには繊細な管理が求められた。摘粒(てきりゅう:房型を整えるために,一房の粒の数を減らすこと)のタイミングが少しでも遅れると,売り物にならない。田原さんはアレキにイロハを学び,アレキに鍛えられた。

 

香り高いアレキの伝統を受け継ぐマスカットジパング。食味の良さはアレキをも凌ぐ。けれど,弱い。

ぶどう農家として手ごたえを感じつつあった頃に出会ったのが,マスカットジパングだ。開発者の林慎悟とは,ぶどう栽培に携わる青年者グループ時代からの友人だった。開発に成功した林が,一般農家への普及に向けて試験栽培を開始する際,まず数名の農家に声を掛けたのだが,その一人が田原さんだった。安定した栽培技術と,誠実な人柄を信頼しての指名だった。

 

ただ,そんな田原さんにとってもマスカットジパングは簡単な代物ではなかった。確かに食味の良さはアレキをも凌ぐ。けれど,弱い。少しでも土壌の水分量が多いとすぐに実が割れてしまう。1年目は全滅だったという生産者も多い。それでも,田原さんは小さな工夫を積み重ね,確実に成果を残してきた。

 籾殻と土,米ぬかが一年をかけて混ぜ合わさり,美味しいマスカットジパングを育む豊かな土壌となる。

田原さんが最もこだわっているのが土づくりだ。ハウスにお邪魔したとき,地面全体が何かに覆われているように見えた。何だろうと思い,顔を近づけてみるとすぐにわかった。籾殻だ。近隣の米農家さんの協力を得て,イネの収穫が行われる秋にハウス全面に籾殻を敷き詰めるのだそうだ。この籾殻と土,米ぬかが一年をかけて混ぜ合わさり,美味しいマスカットジパングを育む豊かな土壌となる。化成肥料をできる限り使いたくないという田原さんの想いからだ。

 

香り高いアレキの伝統を受け継ぐマスカットジパング。余計な肥料を必要としない豊かな土壌。そして,日々の手仕事の積み重ね。これ以上に何を求めよう。田原さんの人柄が映し出されたマスカットジパングが,今年もまた美味しい季節を迎える。

田原さんの人柄が映し出されたマスカットジパングが,今年もまた美味しい季節を迎える。